MIMOとは
インターネットのトラフィック(転送量)は増加し続けています。伝送容量(速度)の増加への要求はとどまることを知りません。
高い伝送レート(速度)を実現する仕組みは、いくつかありますが、MIMOはその一つです。
MIMO Multiple-Input Multiple-Output
MIMOは複数の伝送路を利用することにより、伝送容量を上げる技術です。MIMOはさまざまな無線伝送方式に使われますが、無線だけではなく有線伝送でも有効で、伝送容量を上げるだけではなく、冗長化の目的で使うこともあります。
MIMOを使う無線伝送方式の例です。
・IEEE 802.11シリーズ
IEEE 802.11n、IEEE 802.11acなど
・LTEシリーズ
LTE、LTE Advanced
・WiMAXシリーズ
WiMAX、WiMAX2 (Mobile WiMAX2)
MIMOを利用する有線伝送においては、ギガビットDSL (GDSL)の提案もあります。すでに製品を出している会社もあるようです。機会をみて記事にします。
Input(入力)とOutput(出力)は、送信機と受信機のアンテナや回路の入出力ではありません。Inputは、伝送路の入力を表し、Outputは、伝送路の出力を表します。なぜMIMOなのか、MOMIではないのかと、以前は、完全に間違えて理解していました。
無線通信では、図に示すようにInputは空間の入り口で、Outputは空間の出口を意味します。有線伝送では、それぞれ通信ケーブルの入り口と出口です。
図では、単純化した四角い箱で空間を書いてありますが、電波の到達経路は図に書けるほど単純ではないこともあります。無指向性アンテナではありとあらゆる角度に反射して到達します。たとえば、屋内の一つの部屋に、リレー伝送用のリピータと端末のアンテナがあるときです。(ビームフォーミング等の技術を使わないことを想定した場合。)
MIMOの基本接続モード
MIMOはさまざまな構成方法があり、基本方式は次のように分類できます。[1]
省略語 | 用語 | ||
SISO | Single Input Single Output | ||
MIMO | Multiple Input Multiple Output | ||
MISO | Multiple Input Single Output | =Transmit Diversity | |
SIMO | Single Input Multiple Output | =Receive Diversity |
“Multiple”の部分は構成によりさまざまで、仕様により 2, 4, 8のように変化します。
MIMOは、まず複数の伝送路を意味することは分かると思います。誤解が無いようにお断りしておきますが、MIMOは単に伝送路の数だけを意味するものではなく、アンテナの数をふやすとMIMOを構成できる、という単純なものではありません。
MIMOの仕組みを備えない装置のアンテナを増やしても、同等の効果は得られません。MIMOを利用する装置の内部処理は非常に複雑で、送信機と受信機において相応の処理を行います。
MIMOでは、受信信号は複数の信号が重なり合いお互いに干渉を受けます。なぜかと言えば、複数の経路を経由した信号が混ざるからです。干渉を受けた信号を伝送路情報を用いて分解する処理を行ないます。
伝送路情報 Channel State Information
それぞれの情報を分離して検出するには、伝送路の状態を把握することは重要です。MIMOの信号検出法にはいくつかの種類があります。ここでは、これ以上は触れません。
MIMOを利用する送信機の例と受信機の例について、MIMOに関係する部分を図解します。送信機は、Downlinkすなわち基地局と、Uplinkのユーザー端末の構成です。[2]
図には省略した部分があり、たとえばアンテナとMIMOの処理回路が直接つないであるように見えますが、実際の送信機は、少なくともRFパワーアンプを経由してアンテナにつながります。受信回路も同様で、まずアナログ・フロントエンドがあります。
< 図 送信機 Downlink >
< 図 送信機 Uplink >
< 図 受信機 >
MIMOの基本技術
MIMOの技術的な基本機能はいくつかあります。
・空間ダイバーシティ Spatial Diversity
・プリコーディング Precoding
・ランクアダプテーション Rank Adaptation
これらの概念は、数式により定義し非常に難解ですが、身近な例にたとえて説明します。
➜ MIMO空間ダイバーシティ
「空間ダイバーシティ」は、オーディオのステレオ音場にたとえると、スピーカーの配置や指向性が適切でない状態と似ています。図のように左と右のスピーカーの音がバランス良くうまく伝わらないと、ステレオ音場を形成することができません。
具体的には、電波を送信するときに分離を適切に行うビームフォーミングの技術を使います。
用語 | 説明 | |
ビームフォーミング Beamforming |
電波を特定の方向に集中して送る(ビーム・ステアリング beam steering)と特定方向の電波を受信しない(ナル・ステアリング null steering)の方法がある。 |
➜ MIMOプリコーディング
「プリコーディング」はあまり耳慣れない用語かもしれません。次の意味があります。
用語 | 説明 | |
プリコーディング Precoding |
次の図のような場合に、適切なバランスをとることができるように信号を強める処理を行う。プリコーディングの広義の意味は、送信におけるあらゆる空間処理のこと。 |
図のように、左右のスピーカーのバランスが悪いと、ステレオ音場はうまく再生できません。そこで最適なバランスを得られるように、片側の信号を強くする処理を行います。
➜ MIMOランクアダプテーション
FM放送では、電波の状態が良ければノイズの少ないステレオ放送を受信することができます。ステレオ放送を受信するには、ある程度の電界強度の強い電波が必要ですが、電波が弱いとFMチューナーは自動でモノラル放送に切り替える機能があります。このとき、ステレオ音場は形成できませんが、モノラルに切り替えてノイズを減らすことができます。
「ランクアダプテーション」は、これと少し似ています。電波の状態が良いときはストリーム(伝送路)の数を増やし、悪い時は減らす処理を行います。
ランクアダプテーション Rank Adaptation
個人的には疑問があり、電波の状態が悪いときはストリームを増やすほうが伝送レートを確保できるのではないかと考えています。この点を説明する資料はまだ見つけられません。
MIMOの伝送容量
図はMIMOの構成による違いについて、伝送容量の性能を比較します。
分かりにくいと感じるかもしれませんが、伝送容量はSNR(信号対ノイズ比率)が大きく関係します。問題は横軸のSNRです。なぜこうなるのかというと、図はシャノンの方程式で決まる理論値であり、伝送容量はSNRの関数です。[2]
SNR Signal to Noise Ratio
図の伝送容量は1Hzあたりのビット数で縦軸に示しますが、現実のアプリケーションでは帯域幅で決まります。
理想の条件下では、2×2 MIMOはSISOの2倍、4×4 MIMOはさらにその2倍です。しかし、現実には単純計算は成立しませんが、性能を改善できることは分かります。伝送容量は、SNR(信号対ノイズ比率)により複雑に変化し、単純に何倍と言うことができません。
MIMOとアンテナの配置
伝送容量に影響する別の要因には、アンテナの配置の問題があります。
図Bのように、アンテナを離して配置するのが理想的ですが、小型の端末では無理です。機器の大きさの問題で、図Aのようにどうしてもアンテナを密集して配置しなければならない場合があり、MIMO技術を使うときは深刻な問題です。
アンテナを密集して配置すると、伝送容量は落ちます(速度の低下)。理由はアンテナどおしの干渉と空間相関によるものです。どれくらい落ちるのかというと、アンテナどおしの間隔を波長で表すと、1/3波長あたりから明確に影響が現れます。[3]
たとえば、5GHzの波長は約6cmですが、アンテナの間隔が2cmより短い距離付近から影響が現れ始めることが分かります。2.4GHzでは、だいたいこの倍の距離です。
参考資料
[1] Taking LTE MIMO from Standards to Starbucks Agilent 2009年
[2] Mobile WiMAX A System Approach to Understanding IEEE802.16m Radio Access Technology Sassan Ahmadi 著 Academic Press 2011
[3] 環境適応型MIMO情報伝送システム に関する研究 電気通信大学 2008年
(HungLe Dan 他 AP研 2007年)