伝送路と終端 2. 回路シミュレーション

回路シミュレーションを自在に使えるようになると便利です。注意しなくてはならないこともいくつかありますが、伝送路の反射波やリンギングなどの振幅がどうなるのかを事前に予測することができます。

回路シミュレータで知り得ないことは、たとえば耐電圧です。どれくらいの電気的なストレスがかかるのかは教えてくれません。どれほどの電圧がかかるのか回路を事前に検討しておくことや最終的には実際の回路で実験することも重要です。

2.1 受端終端の回路シミュレーション

解析した回路について説明します。回路シミュレータは、Linear Technology社のLTspiceを使用しました。

2.1.1 理想的な終端条件
図2.1.1a 理想的な終端条件 ー 受端終端
Fig. Circuit: Ideal condition - Parallel termination
Fig. Circuit: Ideal condition - Parallel termination
Load(負荷)=50Ω

左側が信号源で、右側が負荷です。特に断りがない場合は、左から右へ信号が伝わるように普通は描きます。(シミュレータではない図面の大きな回路図では、現実にはそうもいかないことがあり工夫します。)回路図を読める人なら、意味はだいたいわかると思います。

伝送路の特性インピーダンス
ZOは特性インピーダンス(characteristic impedance)です。このタイプは無損失型の伝送路 (lossless transmission line)です。TDは Time Delayで 500ns(500×10-9秒)です。TDが決まると物理的な長さも決まります。

LTspiceは有損失型(lossy transmission line)も扱うことができます。

伝送路は、50Ωや75Ωのものが良く使われます。日本国内で入手できる同軸ケーブルはこのタイプが多いです。

終端抵抗と特性インピーダンスの値が等しい条件ならば、一部の事情を無視すれば何Ωでも構いません。具体的には許容電力です。インピーダンスは低いほど同じ振幅(電圧)でも電力が増えるので、現実にはいくらでも良いという訳にはいかないのです。もう一つは、回路の浮遊容量 (stray capacitance)の大きさです。インピーダンスが高いと浮遊容量の影響が強く働きます。この点でも低いほうが有利です。

回路のその他の部分
信号源 V1は電圧源 (Voltage Source)で、Rser=0は内部抵抗=0Ωを意味します。
文字列の説明
“Vin”と”Vout”は記入したコメントで、信号は左の信号源から伝送路を伝わり右の負荷まで流れます。

上下の2つの文字列は、回路シミュレータへの命令(Spice directive)です。
1番目  ”.tran 0 30u”の意味は、過渡現象解析(transient analysis)を表し、0秒から30usまでの動作特性を調べます。

2番目  ”PULSE(0 5 5u 300n 300n 10u 30u)”は、V1をパルス出力にする設定です。VINITAIL(初期値)=0V、VON(波高値)=5V、TDELAY(遅延)=5us、TRISE(立ち上がり)=300ns、TFALL(立ち下がり)=300ns、TON(波高時間)=10us、TPERIOD(周期)=30us

現実の装置と回路シミュレータ
現実と回路シミュレータの違いの一つがここにあります。回路シミュレータでは、直流電源とパルス発生器の区別がありません。電源のシンボルをクリックしてメニューからパルス出力を選ぶだけです。
理論上は直流を時間で区切ると、いとも簡単にパルス出力にできますが、現実にはそう簡単に作れるものではないのです。

立ち上がり時間がそこそこなら割りと簡単に作れますが、高速(立ち上がり時間が短い)のものほど難しく、まして、ごく普通の直流電源装置からパルス波形を出力することはまったくできません。実現するにはこれとは完全に異なる回路構成が必要です。

では、シミュレーション結果です。

図2.1.1b 理想的な終端特性 ー 受端終端
Fig. Graph: Ideal termination condition
Fig. Graph: Ideal termination condition
Load(負荷)=50Ω

緑のトレースが伝送路の入力「V(n001)」で、赤のトレースが伝送路の出力「V(n002)」です。n001とn002は回路のノード(節点、node)番号です。

伝送路の出力(赤)は入力(緑)よりも遅れて現れます。それ以外は、入力と完全に同一波形です。現実の伝送路では必ず遅延時間があります。終端は完全に理想の状態ですから波形はまったく乱れません。

2.1.2 理想的な終端とほど遠い条件

特性インピーダンス50Ωから大きくはずれる条件を試します。終端抵抗は1KΩです。

図2.1.2a RL >> Zo ー 受端終端
Fig. Circuit: Under damped termination
Fig. Circuit: Under damped termination
Load(負荷)=1KΩ
図2.1.2b RL >> Zo ー 受端終端
Fig. Graph: Under damped termination
Fig. Graph: Under damped termination
Load(負荷)=1KΩ

伝送路出力の赤い線は大きく波打っていますが、これをリンギング (ringing) と言います。リンギングが大きい原因は、終端抵抗が合わないために生じる反射 (reflection)によるものです。

伝送路は等しいインピーダンスで終端しなければ負荷端で反射する現象が発生します。リンギングは時間の経過と共に収束します。なぜそうなるのかは、この後(次の記事)に出てくる計算例でわかると思います。

入力信号と比べるとわかるように、出力は似ても似つかない形です。これでは信号は正しく伝わりません。

なぜ抵抗値ではなくインピーダンスか?
抵抗(resistance)は周波数を伴わない直流の条件での値に対し、インピーダンスは周波数を伴う概念です。直流からその回路が扱う範囲の周波数で考える必要があります。

たとえば、50Ωの巻線抵抗器 (wire wound resistor)は直流では50Ωでも、高い周波数ではインダクタンス成分により大きく異なる値を示します。高速・高周波信号を扱う終端抵抗にはまったく使用することができません。巻線抵抗が悪いのではなく、使い方を知らない使用者の問題です。

2.1.3 理想的な終端から少しはずれた条件ー1

今度は、負荷条件が1KΩから100Ωに変わりますが、まだ、Zo=50Ωとは等しくありません。(このような条件をUnderdampedと言います。)

図2.1.3a RL > ZO ー 受端終端
Fig. Circuit: Under damped termination
Fig. Circuit: Under damped termination
Load(負荷)=100Ω
図2.1.3b RL > ZO ー 受端終端
Fig. Graph: Under damped termination
Fig. Graph: Under damped termination
Load(負荷)=100Ω

前の条件よりもリンギングはかなり小さく、すぐに収束します。進行波と反射波の合成により起こりますが、リンギングの一つ目が大きく2つ目以降がすぐに小さくなるのは、反射率が小さいからです。

2.1.4 理想的な終端から少しはずれた条件ー2

今度は、負荷抵抗=20Ωで、Zoよりかなり小さい条件です。

図2.1.4a RL < ZO ー 受端終端
Fig. Circuit: Over damped termination
Fig. Circuit: Over damped termination
Load(負荷)=20Ω

リンギングはまったく現れません。出力は入力信号の振幅に徐々に近づきます。(このような条件をOverdamped と言います。)原因は、やはり進行波と反射波の合成によるものです。

図2.1.4b RL < ZO ー 受端終端
Fig. Graph: Over damped termination
Fig. Graph: Over damped termination
Load(負荷)=20Ω

2.2 送端終端の回路シミュレーション

2.2.1 送端終端 高ZINの負荷条件

次の回路の条件は、負荷抵抗が高い値のときです。

図2.2.1a RL = 1MΩ ー 送端終端
Fig. Circuit: Ideal condition - Series termination
Fig. Circuit: Ideal condition - Series termination
Load(負荷)=1MΩ

負荷抵抗は “1M” ではなく “1Meg” を指定します。LTspice では1Mは 1 mili (10-3)を表すからです。受信側の条件は、MOS(Metal Oxide Semiconducotor)ロジック回路のような高入力インピーダンスを想定したものです。(MOS回路の入力インピーダンスは1MΩどころではなく、これより少なくとも4〜5桁は高い値です。)

図2.2.1b RL = 1MΩ ー 送端終端
Fig. Graph: Ideal condition - Series termination
Fig. Graph: Ideal condition - Series termination
Load(負荷)=1MΩ

ノード2では信号の反射があることがお分かりでしょうか。これが、送端終端の大きな特徴です。

2.2.2 送端終端 中ZINの負荷条件

次に、負荷インピーダンスを1MΩより低い1KΩに下げた条件ではどうなるのかを試します。

図2.2.2a RL = 1KΩ ー 送端終端
Fig. Circuit: Load Z<sub>L</sub>=1KΩ - Series termination
Fig. Circuit: Load Z<sub>L</sub>=1KΩ - Series termination
Load(負荷)=1KΩ
図2.2.2b RL = 1KΩ ー 送端終端
Fig. Graph: Load Z<sub>L</sub>=1KΩ - Series termination
Fig. Graph: Load Z<sub>L</sub>=1KΩ - Series termination
Load(負荷)=1KΩ

負荷インピーダンスを1MΩより低い1KΩに下げた条件では、受信側の波形の振幅は、1MΩではほぼ100%に対し信号源の約95%です。

これは、計算すればわかることですが、ノード2(終端抵抗の後=伝送路の入り口)では振幅は50%になり、透過係数=1.905を掛け算した値になるためです。(計算方法は次の記事で。)