IEEE802.11ac の仕組み

───────────────────────────────────
<更新情報>
2012年8月17日
  新しい記事へのリンクを設けました。
  記事名 MIMOとは
───────────────────────────────────

802.11acの特徴は、まず、非常に高い伝送レート(伝送速度)にあります。

規格上の伝送レートは、最大6.9 Gbps です。

6.9 Gbps は物理層(PHY)の最大レートです。通信では必ずオーバーヘッド (overhead) が発生します。特に無線通信では、有線通信に比べると大きな割合を消費します。詳細は、次の記事を参考にどうぞ。 
参考記事
無線LANの実効速度
http://wimax-page.123-info.net/archives/248

高い伝送レートを実現するには、いくつもの技術を組み合わせる必要があります。概要を説明します。

その前に、802.11ac規格に対応する機器を実現するには、半導体チップは必須です。次の記事で紹介しました。

5G WiFiの半導体製品
Broadcom BCM43xx
http://wimax-page.123-info.net/archives/152

Marvell Avastar 88W8897
http://wimax-page.123-info.net/archives/875

Qualcomm Atheros WCN3680
http://wimax-page.123-info.net/archives/890

Broadcom SoC
http://wimax-page.123-info.net/archives/901

  
これ以外にも、802.11ac規格に対応する半導体チップのメーカーはいくつかあります。

  Quantenna, MediaTek, Redpine Signals

1番目の記事にも書きましたが、バッファロー社は、Broadcomのチップを使用した装置を、米国ではすでに発売しました。

周波数帯と帯域幅

802.11nまでは2.4 GHz帯も使用しますが、802.11acは5 GHzのみです。

5 GHz帯のみにした経緯は知りませんが、他の条件が同じならば、伝送レートは帯域幅に比例し、高いレートにするほど広い帯域幅を消費します。この理由で2.4 GHz帯は使わずに5 GHz帯のみにしたのではと考えられます。

802.11nの帯域幅は、最大40 MHzですが、802.11acでは最大160 MHzです。帯域幅だけで4倍もあります。

しかし、帯域幅はやみくもに広くできません。電波の資源は限りがあり、送信側は IDFT 、受信側はDFTの処理を行いますが、サイズは、最大512まで膨らみ、リアルタイムで演算する重い処理をこなさなくてはなりません。多大な演算パワーを要します。(もちろん、演算処理は他にもあり、これだけではありません。)

IDFT: Inverse Discrete Fourier Transform
離散フーリエ逆変換
送信側は、信号の生成に使う
DFT: (Forward) Discrete Fourier Transform
離散フーリエ(順)変換
受信側は、信号の抽出に使う
xDFTサイズ
IDFTとDFTの処理で、スペクトルの分解能に反映する

スペクトル
信号の周波数成分

リアルタイム
決められた時間内に処理すること

Fig-1. 802.11ac チャンネル割当 Channel Spacing
IEEE802.11ac チャンネル割当

図のように、5GHzは気象レーダーの利用周波数帯です。空に向けて電波を発射し反射波が返ってきますが、干渉することもあるかもしれません。

IEEE802.11acの基本仕様
1 チャンネル帯域幅 (MHz) 20, 40, 80 160, 80 +80
2 FFTサイズ 64, 128, 256 512
3 サブキャリア/パイロット信号(本数) 52/4, 108/6, 234/8 468/16
4 変調方式 BPSK, QPSK, 16QAM, 64QAM 256QAM
5 空間ストリーム(MIMO) 1 2〜8, 送信ビームフォーミング, MU-MIMO

比較の目的で、IEEE802.11nの基本仕様も載せておきます。

IEEE802.11nの基本仕様
1 チャンネル帯域幅 (MHz) 20 40
2 FFTサイズ 64 128
3 サブキャリア/パイロット信号(本数) 52/4 108/6
4 サブキャリア間隔 312.5 KHz
5 OFDMシンボル持続時間 4秒 (800ns guard interval) 3.6秒 (400ns short guard interval)
6 変調方式 BPSK, QPSK, 16QAM, 64QAM
7 FEC Binary Convolutional Coding Low Density Parity Check
8 空間ストリーム(MIMO) 1, 2 for AP 3, 4 送信ビームフォーミング

変調方式

802.11nでは、表のように、BPSK、QPSK、16QAM、64QAMの4種類ですが、802.11acでは256QAMも加わります。

802.11nでは、最高の変調速度は64QAMですが、802.11acでは256QAMです。これだけ比べても33%増し(8÷6)のデータを乗せることができます。

64QAM
1シンボル(1回の変調)あたり6ビットのデータ
256QAM
1シンボル(1回の変調)あたり8ビットのデータ
変調速度
搬送波 (carrier) にデータを乗せるレートで、単位は baud(ボー)で表す(由来は人の名前)。
bps: bit per secondbaud rate を混同した例を見ますが、異なる概念で別の単位です。

変調速度を上げることはノイズとの戦いです。理想的条件ならば制限はありませんが、現実はそうではありません。

MU-MIMO

MU-MIMOは、複数のユーザー端末に同時に伝送する技術で、802.11ac は
初めてMU-MIMOの仕組みを取り入れる無線LANの標準規格です。

  MU-MIMO  Multi-User MIMO
  MIMO    Multiple Input and Multiple Output

802.11nなどの従来の方式は、SU-MIMOにより時分割で伝送します。

  SU-MIMO  Single-User MIMO

MU-MIMOは同時に伝送するところが異なりますが、仕組みは見かけほど単純ではありません。

Fig-2. 802.11ac MU-MIMO
IEEE802.11ac MU-MIMO

MIMOの概要については、次の記事を参考にどうぞ。

参考記事
MIMOとは
http://wimax-page.123-info.net/archives/1334

OFDMA

Fig-3. 802.11ac OFDMA
OFDMA

基地局と複数のユーザー間の通信に対応するには、多元接続の仕組みが必要です。

  多元接続 Multiple Access
  複数の無線局が同一の周波数帯を共有し通信する仕組み

下り方向(基地局 → ユーザー端末)は、前記のMU-MIMOにより多元接続が成立するはずです。しかしいろんな資料を参照しても、下り方向の説明のみに終止し上り方向については説明がありません。NTTが公開した資料には、「下り方向の規定はない」ように読めますが、はっきりとそうは書いてありません。
      
特に、企業の資料を参照して思うのは、派手な特徴ばかりを謳う書き方に見えます。

802.11acにおいては、ある資料(独ドルトムント大学)では、多元接続の仕組みにOFDMAを検討中と書かれています。規格はまだ決定しておらず、参考にしたいくつかの資料では、OFDMAのことに触れているものは少ないですが、一応載せておきます。(使わないのかもしれません)

  OFDMA: Orthogonal Frequency Division Multiple Access
  直行周波数分割多元接続

OFDMAは、送信機のピークパワーが大きい欠点があり、LTEでは、上り方向には別の方式を使います。

参考記事
LTEとは
http://wimax-page.123-info.net/archives/764

ダイバーシティ

「ダイバーシティ diversity」の意味は「多様性」です。無線通信におけるダイバーシティは、多様な電波の状況により発生する問題を改善する技術です。

無線通信では、様々な要因により電波の状況は変化しやすく、安定に受信できるようにする仕組みは欠かせません。特に、移動体通信ではなおさらです。

電波を受信するときに、マルチパスによる干渉やゴーストが発生したり、フェージングにより不安定な状況や受信障害が発生します。

マルチパス Multipath propagation
複数の異なる経路で電波が届く現象。
ゴースト障害 Ghosting
マルチパスにより、複数の異なる経路長の経路で電波が届き、発生する。分かりやすい例は、アナログテレビ放送の映像に発生するゴーストですが、終了したため見られなくなりました。
フェージング Fading
受信電波の強度が変化する現象。分かりやすい例は、夜になると、あまり強くないAMラジオ放送の電波の強度は周期的に変わり、音の強弱が発生します。電離層の状態が変化するためです。

無線通信において、ダイバーシティは複数のアンテナにより電波状況の良好な信号を選択したり受信した複数の信号を合成処理し、ノイズを減らす技術です。

受信側だけでなく、送信側の技術もあります。

  ダイバーシティ
  =アンテナ・ダイバーシティ Antenna diversity
  または、空間ダイバーシティ Space diversity

ダイバーシティ技術には、様々な方式があります。

  時間ダイバーシティ      Time diversity
  周波数ダイバーシティ     Frequency diversity
  偏波ダイバーシティ      Polarization diversity
  合成(協調)ダイバーシティ  Cooperative diversity
  など

ダイバーシティは、移動電話システムにおいても、普通に使われる技術です。(「携帯電話」、PHSなど)

合成ダイバーシティでは、1本のアンテナで受信する弱い信号よりも、複数のアンテナの信号を合成する処理により、信号強度を高めるとクリアに受信できます。実際には、単純に合成するだけでは不十分で、「位相」を揃える処理が必要です。

  位相  ひらたく言うと、信号強度の山と谷

電波の特性には、位相だけでなく「偏波面」もあります。偏波ダイバーシティは、この特性に対応する仕組みです。

偏波 Polarized wave
電磁波(電波)は電界と磁界がお互いに作用し合うことで振動し、エネルギーが伝播(でんぱ)する現象です。アンテナから放射する電波の振動する面(偏波面)は一定方向ですが、反射や回析現象により変動します。

角度をずらした複数のアンテナを配置し、アンテナアレイを構成します。反射などで90度ずれた偏波は、直接波(元の信号と同じ偏波面)の信号強度を弱める作用があります。たとえば、基地局では携帯端末からの電波を効果的に受信することができます。

ビーム・フォーミング

ビームフォーミングは、近接する無線局(基地局や端末)が同じ周波数帯域を使えるようにする技術です。

  ビーム・フォーミング  Beamforming

あるユーザーが電波を送信している状況では、近接する他のユーザーや基地局は、同一のチャンネルを使うことはできません。電波の干渉により、正常に使えないか、全く利用できないことが起こります。

具体的な仕組みの概略は、送信側は干渉する無線局の方向に電波が飛ばないように制御し、受信側はその方向からの電波を受信しない処理をします。

もう少し細かい説明ですが、複数のアンテナにより、アンテナごとに位相と送信電力を調節し、電波が強めあう向きと弱めあう向きを制御します。この仕組みは、「アダプティブ・アレイ・アンテナ」です。