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<更新情報>
2013年9月17日
大きな変更はありませんが、一部の項目の順番の入れ替えと加筆を行いました。
2012年11月5日
ディジタル変調の基本的な方式については、新たに別の記事に移動しました。記事中にも記載しましたが、記事「ディジタル変調とは」をどうぞ。
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・局側モデム(DSLAM)の用語と関連する説明を追加しました。
・CAP方式とDMT方式モデムのブロック図を追加しました。
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モデム
ここでは、モデムの仕組みについて解説します。
モデムは、ひらたく言うと、通信ネットワークにおいてデータの送信と受信を行う装置の一種です。
- モデム modem
- modulator(変調器)とdemodulator(復調器)を合わせた造語
「変調」と「復調」については、後ほど説明します。
モデムの種類
「モデム」にはいくつかの種類があります。ADSLモデム、ケーブルモデム、FAXモデムなどです。その他の通信用モデムもあります。
モデムの機能は、種類は異なっても、モデム専用ではない既存の通信回線につないで「通信データを伝送する」ことです。
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- 無線モデムチップ
- 昔はここまでだったのですが、近年はモデムに関しても様相の変化があります。半導体の無線モデムチップです。
説明については用語集の「モデム modem」をどうぞ。
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-
ADSLモデム、FAXモデム アナログ電話回線を使う
ケーブルモデム ケーブルテレビ(CATV)回線を使う -
FAXモデムは、データの取り扱いの面でADSLモデムなどとはかなり異なります。FAX(ファクシミリ、facsimile)はデータを画像情報に変換してから送り、扱うデータは画像情報のみです。
とは言っても、データそのものに着目すると、ディジタルデータであることに変わりはありません(ディジタル処理方式の場合)。伝送中のデータが何を意味するかは、部分的なデータだけを解析しても多くの場合はおそらく分からないでしょう。
手書きの文字が「文字情報」ではないという意味ではありません。説明は少し複雑です。
電子機器の内部で扱う「文字」は特別な意味があります。「文字」は字形ではなく、「文字コード」という番号で扱います。この仕組みにより「文字コード」を使用して「検索」することができ、また「書体」を自由に変更できます。(書体の変更は、ソフトウェアにその機能を付けることが必要です。)
文字コードはさまざまな種類があり、時により「文字化け」の問題が起こります。原因は、使用する文字コードが単純に合っているかどうかだけではない複雑な事情があります。(Microsoft 社Windows®やApple社 Mac OS X®では、見かけの表面上は 特定の文字コードを使用しているようには見えますが、内部では Unicode に変換して使っており、時に問題を起こします。)
FAXで扱う「画像情報」は手書きの絵や文字を伝送できるメリットがあります。しかしその反面「画像情報」は「文字コード」を含まないので検索可能な「文字」としては扱うことができません。
ここで、疑問を持つ方もいるかもしれません。「画像認識」を使えば画像に含まれる情報を検索することは、理論上は可能です。「画像認識」は特別なもので、手軽には利用できないことに加え、信頼に足る十分な処理能力とは言えません。高速で強大な処理能力が必要です。手書き文字の認識技術を実用化した OCR (Optical Code Reader) を見ればわかるように、認識精度が十分と言える段階にはほど遠い状態です。
モデムと通信回線
すでに記したように、モデムをつないで使用する回線は、専用に準備したものではなく既存のものです。
たとえば、ADSLモデムは電話回線につなぎます。ケーブルモデムは、ケーブルテレビ(CATV)回線を使います。
- DSL Digital Subscriber Line
- ADSLは、DSL技術の一種です。DSLは、ひらたく言うと、既存のアナログ電話回線を使ってディジタルデータ通信を実現する仕組みです。
DSL Digital Subscriber Line
ADSL Asymmetric DSLADSLは、「非対称のDSL」です。
「非対称」は、上り(利用者から電話局)と下り(電話局から利用者)の通信容量(速度)が等しくないことを表します。
既存の電話回線を使用するDSLモデムでは、どれくらいの伝送容量(速度)を確保できるのか、興味がわくのではないかと思います。伝送容量(速度)は、信号の減衰とノイズの影響を受けます。
- 参考記事
- 通信システム全体の伝送容量(速度)は、伝送路の容量 (channel capacity) が大きく影響します。記事「伝送路容量(速度)」を参考にどうぞ。
「変調」とは、「復調」とは
データ通信では、「変調」と「復調」という言葉を見聞きすることがあると思います。
モデムは元のデータを「変調」の処理を行ってからデータを送信します。受信する側は「復調」処理により信号から元のデータを取り出します。
変調とは何かですが、
- 変調
- デジタル信号をアナログ信号に変換すること
(「デジタル用語辞典」より 2002年 日経BP社刊) - 補足
- この説明は、ディジタル変調のことです。DSLモデムは、ディジタル変調によりデータを送信し、復調により元のデータを取り出します。
アナログ変調でもディジタル変調でも、「変調」の操作に変わりはありません。すなわち、変調とは搬送波 Aと信号Bの二つを合成し、信号Cを生成する処理です。
変調(ディジタル変調)はディジタルーアナログ変換の一種と考えることができます。特にDSLモデムでは、「多値変調」により大量のデータを伝送する工夫がなされています。
変調の目的は他にもあり、音声信号や映像を電波を使って伝送するときはこの処理が必要です。
変調は、電波による信号伝送や、ADSLモデムのように有線による信号伝送では欠かせない処理です。他の基本的な処理においても、PCM (Puse Code Modulation)や PWM (Puse Width Modulation) のように、信号処理の世界では良く使われます。
- 招かれざる「変調」
- 信号処理は明確な意図の基に行う人工的なものですが、できれば発生して欲しくない「変調」もあります。「変調ノイズ modulated noise」です。変調ノイズはシステムの性能を下げる方向に振る舞います。原因は、回路が避けることのできない非直線性 (nonlinearity) によるもので、変調ノイズは簡単に発生し悪影響を及ぼします。ここではこれ以上は触れません。
「変調」と「復調」の関係
「変調」と「復調」は逆の関係にあります。
・「変調」は基本の信号「A」に、信号「B」を合成し、「C」を生成する
・「復調」は逆の操作により、「C」から「B」を取り出す
※「A」は信号を運ぶだけの目的です。搬送波 (carrier)と言います。
特に無線通信では、「周波数」は搬送波の中心周波数を指すことが多いです。
「搬送波」は「無線伝送」だけではなく「有線伝送」でも使う用語です。
※データ通信では、データに相当するのは信号「B」です。
モデムにつながるユーザー機器(コンピュータなど)側で扱うのはディジタルデータです。通信回線上ではアナログに変換した信号を伝送します。
- 用語に関して
- ディジタル処理の場合は、「変調」と「復調」ではなく「シフトキーイング shift keying」という用語を使っていました。最近ではディジタル処理でも「変調」の用語を使います。
- 参考記事
- ディジタル変調については、「ディジタル変調とは」をどうぞ。
ディジタル変調の方式
前記のように、モデムは「変調」操作によりデータを基本の信号「A」に乗せて送信します。
ディジタル信号の変調方式はいくつかありますが、次の2種類に大きく分けることができます。
・2値変調
・多値変調
ADSLモデムの変調方式は複雑です。その説明の前に、基本のディジタル変調方式については、記事「ディジタル変調とは」をどうぞ。
ADSLモデムの内部では、nQAM のような多値変調を使います。これなくしては電話回線のような狭い帯域幅で高速のデータ通信は実現できません。
nQAMは、ADSL以外では次のように使われています。
アプリケーション | 変調方式 | |
第3.5世代携帯電話(HSPA) | 16QAM | |
第3.9世代携帯電話(LTE) | 64QAM | |
モバイルWiMAX | 64QAM | |
XGP | 256QAM |
ADSLモデムの変調方式
ADSLモデムは、既存のメタリックケーブルによる電話回線を使用します。電話局から加入者宅への配線を「ラストマイル」といいますが、この部分をいかに大容量で(高速)伝送できるか工夫を重ね開発されたものです。
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メタリックケーブル 金属導線のケーブル
ADSLは電気信号ケーブルのみに対応し、光ファイバーでは使えません。
問題は、加入者宅から電話局までの配線です。というのは、ここが最も細い(低速)からです。
電話局には加入者宅のADSLと通信する局側のADSL装置があり、1対1で対応します。これが、ADSLの導入時に工事が必要な理由です。
局側のADSL装置は、DSLAMと呼びます。簡単にいうとモデムの集合体です。DSLAMの物理的な形状は、一般のものとは違いラックマウントの装置です。
電話局側のDSLAMは、電話回線とはここで分かれ、イーサネットではなく、ATM回線を経由しプロバイダにつながります。
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DSLAM Digital Subscriber Line Access Multiplexer
ATM Asynchronous Transfer Mode、非同期転送モード
電話回線は、音声信号の伝送を目的として設計したものです。ADSLのようなものをつなぐのは、電話回線を設計した当初は予想もできなかったことでしょう。電話の音声は、最低域の4KHzほどしか利用しませんが、それでも、ADSLに利用できる伝送帯域幅は、約1MHzほどあります。しかし、広いと言える帯域幅ではありません。
- 初期の規格 G.992.1は、約1MHzの帯域幅を使用します。
さらに広い帯域幅を使う、ADSLplusなどの仕様も存在します。
ADSLモデムの変調方式には、「CAP」や「DMT」などがあります。「変調」とはいっても、ありふれた方式とはかなり異なり、複雑な処理を行います。なぜかというと、電気的にとても良いとは言えない通信環境である「電話回線」を使って大容量(高速)の伝送を実現するためです。
ADSLモデムの構造
ここでは、CAP方式とDMT方式のADSLモデムについて説明します。
CAP方式ADSLモデム
CAP方式の特徴は、帯域を「上り」と「下り」の二つのチャンネル(通信路)に分けます。
ADSLの”Asymmetric”は、図からも分かるように、下りの帯域幅を広く取ってあります。他の条件が同じとき伝送容量(速度)は帯域幅に比例しますから、「下り」は「上り」よりも大容量(高速)です。
この方式は、回路が割と単純ですみ、消費電力が小さいことがあげられます。規格の標準化はなされていないようです。
- CAP Carrierless Amplitude Modulation
CAP方式の内部処理を簡単に紹介すると、「フレーミング」「リード・ソロモン符号化」、「スクランブラ」「トレリス・符号化」などの処理を経て伝送します。
図 CAP方式
リードソロモン符号化 | Reed Solomon Encoding 順方向エラー訂正(FEC)をリードソロモン符号で行う。 FEC: Forward Error Correction 前方向誤り訂正:送信側で冗長符号を伝送し、受信側で訂正する仕組み。 |
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スクランブラ/デスクランブラ | Scrambler /Descrambler 一定のルールに基づいて信号をランダム化する。受信側は、ルールに従って元に戻す。目的は、信号スペクトル強度を平均化し受信しやすくする。 | |
トレリス・エンコーダ/デコーダ+チャンネルプレコーダ | Trellis Encoder /Decoder+ Channel Precoder ノイズ耐性を向上する符号化/復号化。 |
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イコライザ | Equalizer 次の特性を補正/改善する。信号の減衰、位相歪み、クロストーク、エコー、バックグラウンドノイズ。 |
CAP方式のブロック図は、次の資料を基に作成
DSL Advances Theodore S. Rappaport 著 Prentice Hall出版 2003年
- 参考記事
- スクランブル処理については、「伝送符号のスクランブルとは」をどうぞ。
DMT方式ADSLモデム
DMT方式では、「上り」と「下り」の帯域を数多くの複数のチャンネルに分けます。ここが、CAP方式とはまず大きく違います。チャンネル数は、上りと下りで合計256です。
複数のチャンネルによる伝送は、複数の単一チャンネルのモデムによる伝送に匹敵します。これを一つにまとめたものと同じです。
- DMT Discrete Multi Tone
- DMT方式は、ベル研究所 (Bell Laboratories) で開発したものですが、Amati 社が実用化したようです。ノイズに強い特徴があり、規格の標準化がなされています。
DMT方式の内部処理は、簡単に紹介すると「前方向誤り訂正」、「nQAM多値変調」、「高速フーリエ逆変換」などの処理を経て伝送します。
- 「高速フーリエ変換/逆変換」の「高速」は、処理方式の手間が複雑ではない(単純で速い)ことを意味します。(アルゴリズムと言いますが、工夫しない普通の方法では手間がかかり低速です。)しかし演算量は膨大で、いくら速い方式でもプロセッサが速くないと処理は間に合いません。半導体技術の進歩によりDSP(Digital Signal ProcessingまたはProcessor)処理速度は格段に早くなりました。DSPはPCなどの心臓部であるCPU (Central Processing Unit)とは異なり、数値演算専用チップで、最近では非常に広範囲の分野に使われています。
図 DMT方式
FECエンコーダ/デコーダ | FEC: Forward Error Correction 前方向誤り訂正:送信側で冗長符号を伝送し、受信側で訂正する仕組み | |
S to P | Serial to Parallel conversion 直列・並列変換 | |
P to S | Parallel to Serial conversion 並列・直列変換 | |
座標エンコーダ/デコーダ | Constellation Encoder /Decoder nQAMによる座標変換 | |
FEQ | Frequency domain EQualizer 振幅、位相歪みを補正 | |
プレフィックス追加/除去 | Cyclic Prefix add/drop データの同期、その他の処理 | |
IFFT | Inverse Fast Fourier Transform 高速フーリエ逆変換 ー 変調器の中心部分 | |
FFT | Fast Fourier Transform 高速フーリエ変換 ー 復調器の中心部分 | |
TEQ | Time domain EQualizer フィルタ処理の一種 | |
DAC | Digital to Analog Conversion ディジタル・アナログ変換 | |
ADC | Analog to Digital Conversion アナログ・ディジタル変換 |
DMT方式のブロック図は、次の資料を基に作成
Equalizer Design to Maximize Bit Rate in ADSL Transceivers
Brian L. Evans 著 テキサス大学 2003年
ADSLのブロック図を見て気がついた方がいるかもしれません。電話回線は送信と受信で共通の線を使います。共通の線は、実際には2本の線です。
送信と受信が共通ということは、それぞれの信号は、なぜ混ざらないのか電話の秘密がここにあります。
電話線につながる「ハイブリッドカップラー」のなかには、ハイブリッドトランスが入っていて、送信と受信の信号それぞれに分けることができます。